第4回:ツオウ族に伝わる兄弟伝説
The Daily NNA 【台湾版】 2007.8.17掲載
民族衣装に身を包んだツオウ族の老人。ツオウ族の人々は日本人のことを「マーヤ」と呼ぶ。これは中高年世代のみならず、子供たちにも通用する表現だ。
今回は嘉義県山岳部に住むツオウ族の伝説を紹介しよう。これは「マーヤの伝説」と呼ばれるもので、なんと、ツオウ族と日本人は兄弟という内容である。
大昔、ツオウ族が嘉義周辺の平地に暮らしていた頃、彼らは「マーヤ」と呼ばれる人々と仲睦まじく暮らしていたという。しかし、漢人住民が増え、その圧迫を受けると、旧来の地を追われることになった。その際、マーヤは同行を拒み、両者は涙の別れをすることになる。そして、お互いの子孫が何時の日か、必ず再会することがあるだろうと誓い合ったという。結局、ツオウ族は山岳部に、マーヤは北方に去っていった。
その後、台湾は日本の統治下に入る。ツオウ族がその経緯を知ることはなかったが、統治者として日本人が姿を見せた際、ツオウ族は友人がやってきたかのように歓迎したという。それは服装こそ違うが、体格や皮膚の色など、その風貌がツオウ族に酷似していたからである。つまり、この人間たちこそ先祖から伝え聞いた「マーヤ」に違いないと考えたのだ。この時から、日本人は「マーヤ」と呼ばれるようになった。
この伝説は為政者が自らの都合で改竄し、人々に植え付けたものだという見方もある。確かにこれは考慮を要する一面であろう。しかし、なぜツオウ族の人々が新来の支配者を「歓迎」したのかという疑問は残る。私自身、複数の老人からこの話しを聞いており、今も受け継がれているのは事実。多くの謎を秘めた交流秘史である。