台湾語歌謡の大御所、文夏さんにお会いしました
今日は台湾語歌謡の大御所、文夏さんにお会いする機会をいただきました。
前々からぜひ一度、お話しをうかがってみたいと思っていたのですが、なかなか機会を得られずにいました。
そういったこともあって、お会いした瞬間、思わず、用意していた言葉が出てこなくて困りました(笑)
お聴きしたいことはヤマほどありましたが、生い立ちから、創作活動の軌跡、音楽に対する考え方、そして、人生哲学まで、
三時間にわたっていろいろなお話しを聴かせていただきました。
特に戒厳令下における音楽界の動きや、警備総司令部と新聞局が弾圧を強めた1976年を境に生き方そのものが変化したという話など、
これまで知り得なかった部分の証言を数多くいただくことができて、非常に収穫の多い一日でした。
また、「禁歌」(政府によって唄うことが禁止された歌曲)についても、私が全く見落としていたポイントを教えられ、
軽い衝撃を受けました。
ちなみに、文夏さんの名前の由来は、日本で裁縫を学んだお母様が新宿代々木の文化服装学院ご出身だったため。
つまり、「文化」が「文夏(ぶんか)」となったんですね。
なお、私が最も好きな曲は「星星知我心」。
原曲は平尾昌晃さんの「星は何でも知っている」ですが、
日本語よりも、台湾語のほうがもの悲しげな雰囲気が出ていていい感じですね。
http://www.youtube.com/watch?v=OcU0RDJZCDk
とても気さくなかたでしたが、とてもダンディでもあり、
短い時間、しかも初対面でありながらも、ぐっと惹きつけられるお人柄でした。
いつまでもいつまでも、お元気でいていただきたいものです。
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